整体観とは

皆さんは手相を見てもらったことがあるでしょうか?
「私はいつ結婚できるんでしょうか?」
「もうすぐあなたの運命の人が現れると出ています!!」
「え~!どんなイケメンかしら~!」
なんてやりとりをしたことがある人も居るかもしれません。
本当にその後イケメンと結婚したかはさておき、
どうして手相鑑定をされる方は、手の平を見て結婚の時期なんて予測できるのでしょうか?
将来子供は何人できるかとか、寿命はどれくらいかとか、様々なことを占うことができます。
それは一体どうしてでしょう?
それは手相は”ある考え方”に基づいているからです。
手相に限らず、中医学や太極拳もこの考え方に基づいています。
中医学では実際に症状が出ている箇所とは一見何の関係もないところを刺激して治療するということが多々あります。
この”ある考え方”に基づいた治療法は多く存在し、頭蓋骨の矯正で全ての病気を癒す方がいたり、足首のツボ一つだけで難病を一瞬で癒したりと、挙げればきりがありません。
では手相や、中医学や、太極拳の基となったその共通する”ある考え方”とは一体何でしょう?
それは中国語で”整体観”や”整体思維”と呼ばれています。
(ここでは”整体観”で統一したいと思います。)
この”整体観”とは簡単にいうと、
”すべては一つだという考え方”です。
”整体”とは日本語でいう身体を整えるという意味ではなく、
”ひとまとまり”や”全体”のことを指します。
例えば中国語で、
「四个四分之一构成一个”整体”」
「四分の一が四つで一つの”まとまり”を構成する」
のように使われます。
”観”とは日本語の観念と同じで”考え方”のことを指します。
なので、”整体観”とは、
全てはひとまとまりという考え方。
全体で一つであるという考え方。
最も適した日本語訳が何かは分かりませんが、ここでは。
”すべては一つという考え方”というふうに表現しようと思います。
では冒頭の話に戻り、
どうしてこの”すべては一つという考え方”に基づくと、手の平を見ただけで結婚時期を予測できるのでしょうか?
この”すべては一つ”の”すべて”とは本当に何から何まで”すべて”を指します。
なので当然、自分の手の平と自分の未来もその”すべて”に含まれます。
人によっては、手相と自分の未来なんて何の関係もないと言うかもしれません。
実際関係ないかもしれません。
しかし整体観は”すべては一つという考え方”なので、手相と未来は一つです。
”すべてが一つという考え方”を言い換えると、
”関係のないものは一つもないという考え方”です。
だから自分の手の平と自分の未来というのは当然関係があります。
よって、自分の手の平と関係のないものはないので、
未来の結婚時期も、子供の数も、寿命も手の平からすべて測れるわけです。
偉そうに書いておりますが、自分は人の手相を見ても何も分かりません。。
ここでは整体観とはなんぞやということが説明できれば良いと考えてます。
話を戻して、
整体観とは、
”関係のないものは一つもないという考え方”
だというふうに分かって頂けたら、
中医学のお医者さんがどうして患者さんの舌を見て診断するのか、
どうして脈をとって診断するのかがお分かり頂けると思います。
舌にその人のすべてが出ている訳です。
脈にその人のすべてが出ている訳です。
すべては一つであり、関係のないものは何一つとしてないから。
逆に言えば、一つを見ればすべてがわかるとも言えます。
”一事が万事”という表現と同じですね。
英語でButterfly Effectという言葉がありますが、
日本語でバタフライ効果と訳されるこの言葉は、
ブラジルの1匹の蝶の羽ばたきはテキサスで竜巻を引き起こすか?
という問い掛けと、もしそれが正しければ、観測誤差を無くすことができない限り、正確な長期予測は根本的に困難になる。(Wikipedia:バタフライ効果)
というもの。
要するに遠く離れた場所で起きた蝶々の羽ばたきのようなほんの些細なことが、その他の事に影響があるかどうか?
という話ですが、
整体観に基づいて考えれば、当然「影響がある」となります。
これが整体観の捉え方です。

全てはお互いに繋がっているという考え方

この考え方が正しいかどうかはさておき、
中国では古代よりこの”整体観”に基づき医学や手相や人相学など様々なものが発達してきました。
そして、太極拳もその一つです。

天人合一とは

太極拳もその一つと書きましたが、太極拳だけでなく、多くの中国武術の流派が整体観に基づいています。

そして整体観に基づいた武術には”天人合一”を最終的な目標としている流派が多数あります。

 

”天人合一”とは天(宇宙)と人が一つに合わさるという考えです。

 

宇宙と一つ?!!そりゃすげーなと思うかもしれませんが、

 

整体観に基づくと自分と関係のないものは何一つとしてないので、

 

宇宙と自分は当然一つです。

 

整体観にはバラバラに存在しているものは一切ないので、

 

”天人合一”とは宇宙と人が一つに”合わさる”のではなく、

正しくは、

 

”天人合一”とは”宇宙と人が一つであることに気づくこと”です。

 

ただ自分は今まで、「おぉ〜俺は今宇宙と一つになっている」

と感じたことは残念ながらありません。

 

”天人合一”という”概念”は知っていても実感は得られていないのが現状のレベルです。

ただ以前瞑想の練習中に自分とそれ以外の境界線が曖昧になって自分が少し溶け出すような、

妙な感覚になったり、二人での練習中に自分と相手が妙な一体感を感じたりと、

そういった不思議体験はあるので、もしかしたらその延長線上にそんな宇宙との一体感なんて状態もあるのかもしれません。

 

”宇宙と一つであることに気づく”なんて言い方をすると何だか大層に聞こえますが、

多くの人がその考え方を前提に朝のニュースを楽しんでいます。

 

そう、星占いです。

 

星占いは太陽や火星や水星などの太陽系の惑星が現在どの位置にあるかで、自分の星座の運勢を推測します。

火星が今どこのいるのかという事と、今日自分自身に起こる事象になんか関係があるのでしょうか?

もちろん”天人合一”論に基づけば関係がある訳です。

 

宇宙と自分はバラバラに存在している訳ではなく、お互いに影響を与え合っている訳です。

 

氷を触って冷たいと感じたり、真夏の日差しで暑さを感じたりするように、

宇宙との一体感を感じる人もいるのかもしれません。

星占いもまたそれを実感するための試みとも言えるのかもしれません。

 

また”天人合一”を別の角度からの説明として、

 

”天人合一”とは、

 

”自分自身も宇宙である”という考え方です。

 

自分にはお母さんがいます。

当たり前のことを言っていますが、みんな産みのお母さんがいます。

そのお母さんにもまたお母さんがいます。

その上にも、またその上にも、ずっと続いています。

人間のお母さんは海だという説があります。

当然海のお母さんは地球であり、地球のお母さんは宇宙です。

では宇宙のお母さんは?

ビックバン?

ではビックバンのお母さんは?

無?

ビックバン以前は完全な無ではなく素粒子が存在したなんて話もありますが、

ではその素粒子は何から生まれたのでしょうか?

宇宙の始まりは全くの無から始まったのか?それとも何か存在していたのか?

もし何か存在していたらなら何がをそれを産んだのか?

な〜んて考えが永遠と堂々巡りします。

 

なので昔の人は、その有ったのか無かったのかよく分からないけど、

一番最初のお母さんに名前を付けました。

 

老子はそれを仮に「道」と名付け、太極論では「無極」と名付け、

ある宗教では「神」と名付けたりしました。気功ではそれを「気」と呼びます。

それを「無」と呼んだり「0」と呼ぶ人もいるかもしれません。

 

まぁそれを何と名付けようとその最も根源から全てが生まれたので、

その何かと宇宙は根源的に同じであり、宇宙と地球も同じであり、地球と人間も同じである。

同じであるというのはあまりに大雑把な表現ですが、人間も地球も他の惑星もどんどん細かく切っていくと、

限られた素粒子の集まりという意味で、同じもので出来ています。

だから宇宙と、というか宇宙の根源と人間とは本質的に同じである。

という考え方です。

 

その根源を道教では「道」と呼ぶので、「道」の道理に沿って生きることを目指し、

「神」と名付けた場合は、「私は常に神と共に生きている」と表現する方もいます。

いずれにせよ同じ天人合一の考え方です。

 

以上より、宇宙の根源が人間の中に存在しているので、

その根源を自身の内側を探して見つけようというのが天人合一が掲げる目標です。

自分の中にある神性を見つけるとか、内なる宇宙を見つけるとか、

そんなふうにも言えるかもしれません。

 

なんだか分かったような分からないような考え方かもしれません。

自分にとっては、頭ではそんな考え方もありかなぁ〜と思うのですが、

はっきり言って実感はちょっと薄い感じです。

 

ただ、瞑想中の不思議体験だったり、武術の練習中の多くの気付きであったり、

偶然とは思えないような人との出会いだったり、

また巷でよく出てくる引き寄せの法則や、

宇宙のようなマクロ的研究、素粒子のようなミクロ的研究のエビデンスから、

 

まぁ確かに、何かしらの見えない力で全てが繋がっているのかなぁ〜・・。

 

くらいの実感があったりなかったり、

 

やっぱ全ての根源は愛かな〜なんてちょっとロマンチックな妄想にふける程度なので、

内なる宇宙はなかなか見つかりません(笑)。

考え方を知っておくメリット

私の理解度はさておき、

 

ここで大事なのは、こういった整体観や天人合一論に基づく一部の武術、太極拳を学ぶ上では、

一応ざっくりでも理論を理解しておいたほうが、上達が早いのかなぁと思ってます。

 

太極拳ではよく、

「一動無有不動」(一が動いた時、動かないところは何処も無い)

なんて言葉が出てきます。

 

身体をバラバラに動かすのではなく、全身を連動させて動かしましょうとか、

意識と身体を合わせて動きましょうとか、

相手に合わせて変化しましょうとか、

 

そういったアドバイスをする時に頻繁に用いられる言葉の一つです。

 

ここまで読んで頂いた方ならどうしてそんな言い方をするのかご理解頂けると思います。

 

もちろんそれは”すべては一つである”という考え方から成り立っているからです。

だから一が動いた時に動かないところは一つもないなんて当たり前と言えば当たり前。というか整体観について別の言い方をしただけですね。

 

ともかく自分がそれを完璧に体現できるかどうかは別として、

根本的な考え方を知っていると、アドバイスを受けた時の理解が少し良くなるかなという実感はあります。

 

そういった意味でも今回書いた”整体観”と”天人合一”という考え方は覚えておいて損はないと思います。

 

もう一つのメリットとして、

”天人合一”を目標とする武術は、相手と自分は一つです。

仏教で言うところの”自他不二(自と他は二つに別れた別々のものではない)”

という感じでしょうか。

 

先生には「対人練習は鏡である」「武術は相手を通して自分を見る」と教わりました。

練習中は相手を「やっちまえ〜」という邪悪な気持ちがしょっちゅう出るので、

「あぁ〜自分はまだまだだな」と思う事のほうが多いですが(笑)、

要するにこれも相手と自分は同じである、または一つであるという考え方なので、

相手にしたことは自分にしたことだし、相手にされたことは自分がしたことです。

 

そういうふうに考えて練習すると割とピースになります。

 

まぁ元々子供の頃から頭の中は割とピースな方ですが(笑)、

よりピースになります。

 

そして自分をよく知るきっかけにもなるので、こういった考えに基づいて練習することはとても有意義と思ってます。

 

今回の記事はもともと生徒さんに「一動無有不動」とはなんぞや?という話から、

整体観ってのがあってね〜という話になり、ちょくちょくそういう話になるので、

当教室の方針でもあるので一度まとめておこうと思い書きました。

 

武術や太極拳とはある種の信念や哲学のようなもので、

みんな己の考え方があります。

同じ人間が一人としていないように、全く同じ武術というのも有りません。

よって最終的には、一人一流派だと思います。

 

ですので、以上書いたことが少しでもご参考になれば幸いですし、全く反対でもこれは違うなと取捨選択の一つとしてご活用頂けたら幸いです。

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